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吸江斎宗左等 書状五十点余  ¥220,000(税込 送料込)
表千家10世家元・紀州藩茶道 吸江斎宗左(1818-1860)の書状44点(うち1点は覚書)
このほか、2世住山楊甫、表千家8世家元 件翁斎宗左、表千家9世家元 了々斎宗左、高倉久田家8世 久田宗利、千宗左家来 勝間宗a、千宗左の書状、不審庵の覚書など17点
宛所は「人参三臓圓」をもって巨利を得た大坂の合薬屋 吉野五運

下画像 10世 千宗左(吸江斎)の書状です。

10世 千宗左 1818-1860 近世後期の紀州藩茶道、表千家10世家元。
号は吸江斎・安祥軒・祥翁・省々。名は宗左、隠居後は宗旦。通称は達蔵・宗佐。7世 久田宗也の子として山城に生まれる。
9世宗左の歿後直ちに表千家に迎えられ8歳で家元を襲名、10世宗左となり藩の茶道を勤める。
天保7年(1836)、徳川治宝より台子真点前の皆伝を承ける。




下画像 吸江斎宗左以外の書状です。

2世 住山楊甫 1782-1855 近世後期の紀州藩茶道。
 号は宗仙・汲清庵・西江庵・吽々斎・云々斎。名は宗左・宗旦。多羅尾朝茂の子として生まれる。
 住山江甫の養子となる。表千家9世 宗左の門人で、9世歿後、徳川治宝の命を受け、幼少の10世宗左を後見する。

8世 久田宗利 ?-1844 高倉久田家8世。
 旧名 関宗厳、文政2年(1819)久田家7代宗也の歿後、後嗣 達蔵の後見として養子に迎えられ宗利と改名、久田家8世となる。
 大坂にて客死したと云われます。


下画像 署名部分です。

  

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