古文書の虫害


2014.05.01
古文書は長い期間にわたり、人の手の入らない処で保存されていることが多く、このため虫の被害に遭うことも珍しくありません。
被害の甚だしいものは、開くことさ出来ず全く内容が読み取れないものや、僅かな虫食いのために文字を判読出来ないこともあり、放っておくわけにはいかないのだと実感させられます。
しかし残念なことに、一般的に古文書への関心は低く、保存していることさえ忘れ去られ虫のエサとなり、あるいは重大な歴史の事実を紐解く文書も庭で焼かれてしまう、破棄されてしまう、そのようなこともあります。
さて、話が少し逸れてしまいました。
ここでは、古文書に害をもたらす虫に注目したいと思います。
古文書を食害する虫を知ることで、その被害を止め、また未然に防ぐことにつながります。

古文書を食害する主な虫は、シバンムシ類、シミ類、ゴキブリ類、この三類が挙げられます。
特にシバンムシ類、シミ類の食害は群を抜いており、警戒すべきはこの二類といえます。




上画像  シバンムシ類(成虫・幼虫)とその食害例

一般に古文書を食害する虫として認識されているのは”紙魚(シミ)”ですが、実はこのシバンムシ類の食害の方が甚だしいのです。
特徴は穿孔状に貫通食害する点で、少しでも厚みのある文書が食害をうけやすく、重なった部分を縦横に浸食しトンネルを作るため、史料としての価値に大打撃を与える可能性がとても高い虫であり注意を要します。

これらシバンムシ類は、幼虫の時期に食害し、成虫(画像の茶色の甲虫)になると外界を求めて巣立ちます。
サイズはおよそトンネルの幅と同じぐらい、徐々に大きくなり甲虫と同じサイズになります。
また、東日本にはフルホンシバンムシ、西日本にはザウテルシバンムシが多いと、ものの本に紹介されています。

さてその対策ですが、貫通食害が認められる場合は、@まだ虫が去らずに巣食っている、A既に虫が去っている、のどちらかであり、
@の場合は文書を丁寧にチェックすることで、幼虫を取り除くことが出来ます。
このとき、綴本の綴じ糸部分に巣食うなど、開かない部分には注意してください。
綴じ部を封印されたものもありますので、無理に開くこともできませんが、かといって虫を放っておくわけにもいきませんので元通りに戻せる範囲で開封を試みることも必要かもしれません。

多くの場合はAに該当し、既に幼虫が成虫となり巣立った跡なので、食害による紙の癒着を丁寧に剥がすのみです。剥がすときは決して無理に引っ張らず、順逆の方向に沿って剥がします。古文書の料紙自体が劣化している場合や紙質の薄いものは、素人が無理に剥がすと破れますので、そういう場合はプロに任せましょう。

また、シバンムシ類の食害の進行を知る手掛かりとして、文書が置かれていた下に粉が落ちていたり、普通に開閉できた文書の紙同士が癒着している場合は要注意です。
何も無かったところに粉が落ちているのは虫のフンである場合が多く、紙同士が癒着するのは虫による穿孔食害が疑われ、どちらも無事に保管されていれば起り得ないことです。

@Aどちらにせよ、最も注意すべきは、B卵が残されている可能性です。
一匹でも幼虫が確認された文書は、手入れしたあとに安心していると、数か月後に幼虫が発生していることもあります。
やはり定期的に点検して、文書の安全を確認すべきです。



上画像  シバンムシ類の食害例(側面から穿孔)

シバンムシ類の食害は、一つの文書にとどまるものではなく、そのほかの文書へも拡散するものです。ある一つの文書に多くの虫が育つと、そこを出て移動して、近くの文書の側面などから穿孔して食害するようになります。

シバンムシ類の幼虫はわりと活発に這って移動しますし、紙で出来たものはダンボールでも貫通してしまうので、もしシバンムシ類の拡散をくいとめようとするならば、シバンムシ類が食べられないモノで文書一点一点を隔離してしまわねばならないでしょう。



上画像  シバンムシ類の食害例(本の綴じ糸付近「背」に巣食う)

シバンムシ類に対して電子レンジは有効か?
インターネットを見ますと、電子レンジで虫を退治してしまおうという記事を見かけます。

試しに数匹のシバンムシ類の幼虫をそれぞれ電子レンジにかけたところ、遮蔽物がない状態でレンジ強20秒、これでほぼ死ぬようです。しかし、中には30秒を2回でも死なないシバンムシ類がいました。
それがシバンムシ類の個体差によるのか、電子レンジの性能によるのか、その点は分らないものの、簡単には死なないシバンムシ類がいるというのは確かなことです。

後日、改めて数匹のシバンムシ類の幼虫の中から、特に電子レンジに対して強いものがいましたので、試しにレンジ強30秒を5回かけ、それでも丈夫だったので更に1分を2回かけてようやく死にました。つまり4分30秒もかかったのです。(但し、間断なくかけた場合にどの程度の時間になるのかはわかりません)
もしこのシバンムシ類の幼虫が、本の中にいる状態であれば、いったいどれほどの時間電子レンジにかけたら適切なのか見当もつきません。あまり時間をかけてしまうと、本自体を損なう可能性も充分に考えられます。文化財保存の観点からすると、いかがなものでしょうか。




上画像  シミ類とその食害例

この虫こそいわゆる”紙魚(シミ)”と呼ばれる紙喰い虫です。紙上で体をくねらせて動き回るので、紙の魚と云われるのでしょうか。

特徴は文書の表面を舐めるように食害すること。隙間にも入り込みますが、隙間無く閉じた文書の中を食害することはできません。
ゆえに、シバンムシ類とくらべて食害は少なく、文書を表面に露出させなければ、食害を防げます。

画像に写っている古文書は、芯の部分に隙間があったため食害されたものです。それと、和本の題箋部分はよく食害されます。(糊気を好むのは両方の虫に共通しているようです)
巻物や手紙など、芯の部分が空洞になっているものは少なからずあり、そこに侵入する紙魚を捕食しようとクモが巣食い、糞で紙を汚すこともあります。

シミ類は無変態で脱皮を繰り返し成長して食害を続けます。
その寿命はおよそ7〜8年、ヤマトシミ、セイヨウシミ、マダラシミなどの加害記録があるとものの本に紹介されています。
私が観察のために古文書から採取して飼っている紙魚は、何ら世話をしていないにもかかわらず、紙さえあれば元気に活動しており、やはり放って置くわけにはいかないのだと教えてくれています。

さて、シミ類の対策は実に簡単、古文書を一つ一つ目視で点検すれば良いのです。
但し注意点が二つあり、
一つは、文書の上でシミ類を潰すと染みになってしまうことです。
もう一つは、点検した文書をもとの保管容器に戻さず、一旦他所へ置き、容器そのものを処分するかきれいにすることです。紙魚は隙間や端に隠れてしまうので、うっかり見落して元の容器に古文書を戻すと、再び紙魚が現われることもあります。
また、古文書を持ち上げたとき、シミ類はじっとしていることが多く、目視では見落としてしまうこともありますので注意してください。

付け加えますと、シミ類を取り逃がしてしまった場合を考え、また他の文書に被害が及ぶのを防ぐため、点検する場所は所蔵文書と関係の無いところが望ましいです。

上画像  シミ類

2019.9.21
画像の左に写った小さなシミ類は、知らず知らずの中に捕まえていたシミ類です。
おそらく、この小さなシミ類が古文書の中に潜んでいたら見付けるのは困難でしょう。画像では大きく写っていますが、肉眼で見ると、いるのかいないのか分らないぐらいです。注意してください、「シミ類の対策は実に簡単」などと言っておりましたが、この小さなシミ類を見てからは、そう簡単でも無さそうだと思うようになりました。


紹介したシバンムシ類・シミ類に関わらず、およその虫害は定期的な点検(文書の状態によっては半年に一回程度では危ないです)を行いさえすれば、未然に防ぐことができ、或いは軽微の被害でとどめることができます。 また、新たに入手した文書に関してはよくよく注意して見ることが大切です。入手したとき少しでもおかしいと感じたり、虫のいる気配があったのなら、二,三日置きにでも確認すべきでしょう。

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